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千葉地方裁判所 昭和34年(ソ)4号 決定

抗告人 湯浅寿三 外二名

相手方 植草正典

主文

市川簡易裁判所が昭和三四年一一月七日(同庁同年(サ)第一九六号仮処分異議による執行取消申請事件につき同年一〇月二八日同裁判所がなした決定に対する抗告にもとづき再度の考案として)なした「原決定はこれを取り消す。本件昭和三四年(サ)第一九六号仮処分決定に対する異議申立に因る執行取消申請は却下する。」との決定中原決定主文第二、三項を取り消した部分を除くその余を取り消す。

理由

本件抗告の要旨は

一  抗告人湯浅寿三および抗告人船橋土地建物合名会社(元の商号湯浅土地合名会社)は相手方植草正典からその所有にかかる別紙物件目録記載第一の建物を賃借し、同敷地上に抗告人湯浅寿三において建築した同目録記載第二の建物とともにこれを使用していたところ、昭和三二年七月三日市川簡易裁判所昭和三一年(ユ)第四三号家屋明渡調停事件において大要次のとおりの調停が成立した。

(一)  相手方植草正典と抗告人湯浅寿三および湯浅土地合名会社との間の前記第一〇建物の賃貸借契約を同日合意解除し、抗告人湯浅寿三およば湯浅土地合名会社は相手方に対し昭和三九年二月末日までに右第一の建物および前記第二の建物を明け渡すこと。

(二)  抗告人湯浅寿三は右明渡に際し相手方に対し第二の建物を無償で譲渡すること。

(三)  前諸項に定める明渡に至る間、右建物の修理は総て抗告人湯浅寿三および湯浅土地合名会社等の負担においてこれをなし、その費用等一切を相手方に対し請求しない。ただし抗告人湯浅寿三および湯浅土地合名会社は右建物を増築しないことを約する。

二  しかるところ右両建物については腐朽破損個所があつたので抗告人湯浅寿三は昭和三四年一〇月五日相手方に対し修繕を申し出てその承諾を得、同月八日修理に着手し同月一〇日これを完了した。修理の部分は店舗部分二坪半と居住部分のうち一坪半であるが、調停条項による増築をしない約束は固より遵守し、建物の構造、坪数、内容を変更することなく、建物の同一性を害するようなことはなかつた。

三  しかるに相手方は抗告人等が従前の建物の一部を取りこわして別個の建物を建築中であると主張し、前記調停調書に基く建物およびその敷地明渡の執行保全のため市川簡易裁判所に仮処分(同庁昭和三四年(ト)第四〇号事件)を申請し、次のとおりの仮処分決定を得て同年一〇月二一日これが執行をした。

一、債務者等(抗告人等)の別紙第二目録記載の建築家屋に対する各占有を解いて債権者(相手方)の委任する千葉地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

二、債務者等は右建物の建築を中止し、その工事を続行してはならない。

三、執行吏は本命令の趣旨を公示するため適当な方法を採ること。

四  しかしながら前記のとおり右建物の修理は同年一〇月一〇日すでに完了し、抗告人等は右店舗において従前からの不動産売買、分譲等の営業をおこなつていた(「湯浅土地建物株式会社」「船橋土地建物合名会社」というも、その実体は抗告人湯浅寿三であり、単なる営業の名称にすぎない。)のであり、右仮処分の執行により抗告人等の右建物部分に対する占有は排除され、営業は不能となり甚大な損害を生ずることとなつた。すなわち抗告人湯浅は本件建物で昭和一三年以来土地の売買分譲を営み、従業員は湯浅のほか六名、現在恰かもその売出中である。一個の分譲地を売り出すには、すくなくとも数回新聞に広告するのであるが、その広告料は大略七〇万円を要する。この広告により客が本件建物に来集するのであるが、本件仮処分の執行により店舗部分の使用ができず、広告料を無駄にする抗告人湯浅の金銭的損害だけでも一日数万円である。しかのみならず従業員は歩合制度であるから、営業ができなければ収入がないため、その家族をも養うことができず、路頭に迷う悲境に到る結果となる。

五  これに対して相手方は調停調書記載の八坪二合五勺中の本件仮処分にかかる合計三坪のみにつき明渡断行しても、残る部分全部を明渡さしめなければ敷地回収の目的を達することはできないのである。もし抗告人等において占有の移転をするおそれがあり、その保全の必要があるとするならば、執行吏保管にして現状不変更を条件として抗告人等に使用を許す旨の仮処分で十分である。

六  抗告人等は昭和三四年一〇月二四日市川簡易裁判所に仮処分異議申立(同庁同年(サ)第一九五号事件)をしたが、前記仮処分の内容は権利保全の範囲にとどまらず、その終局的満足を得しめ、かつその執行により抗告人等に回復することのできない損害を生ぜしめるものであるから、民事訴訟法第五一二条、第五〇〇条、第七四八条、第七五六条により仮処分執行の一部取消を求めたところ、同年一〇月二八日同庁同年(サ)第一九六号事件として、抗告人等に保証として金五万円を供託させたうえ、

一、執行吏は申請人等(抗告人等)に対し現場を変更しないことを条件として別紙(第二)物件目録記載の建築家屋の使用を許さなければならない。

二、申請人等は第一項記載の建物の建築工事を続行してはならない。

三、執行吏は本命令の趣旨を公示するため適当なる方法を採らなければならない。

と命令が発せられた。

七  しかるに右仮処分執行の一部取消命令に対し、同年一一月四日相手方から原裁判所に対し抗告状が提出され、原裁判所は同月七日右抗告を理由あるものと認め「原決定はこれを取消す。本件昭和三四年(サ)第一九六号仮処分決定に対する異議申立に因る執行取消申請は却下する。」との再度の考案による決定をし、右決定は同月一九日抗告人等に送達されたところ、右取消決定は不当であるから、本件抗告に及ぶ。

というにある。

よつて審按するに、債権者植草正典(相手方)、債務者湯浅寿三、船橋土地建物合名会社、湯浅土地建物株式会社(抗告人等)間の市川簡易裁判所昭和三四年(ト)第四〇号不動産仮処分命令は、同事件申請書によれば、相手方所有にかかる船橋市小栗原町一丁目二二七番地の三宅地六一坪九合の土地上に抗告人等が仮処分の目的たる別紙第二日録記載の建物を所有し、その敷地を不法に占有しているとして、右土地明渡の執行保全のためなされたものであることを認めることができる。なお右申請書には市川簡易裁判所昭和三一年(ユ)第四三号調停事件の調停調書による抗告人湯浅寿三に対する別紙第一目録記載各建物明渡の執行保全のためとの語句が散見されるけれども、右調停の当事者でない抗告人湯浅土地建物株式会社が債務者とされている点、その他同申請書の他の個所の記載を綜合すると、その被保全権利については前記のように解するのが相当である。

しかるに右仮処分命令は目的建物に対する抗告人等の占有を解き、相手方の委任する千葉地方裁判所執行吏にその保管を命ずるとともに、抗告人等に対し右建物の建築工事中止を命じたものであるところ、疎明によれば、抗告人等は別紙第一目録記載の両建物の一部を取りこわして、従前の建坪を増減せずに仮処分の目的建物を建築したものであり(新旧建物の同一性の有無については本件では言及する必要がない。)、右建築(又は改築ないし修理)工事は、昭和三四年一〇月八日に着手し同月一〇日完成し、抗告人等において従前からの不動産売買業の店舗としてこれを使用していたものであることを一応認めることができる。

しかして疎明によれば、前記仮処分命令は同月一九日発せられ、同月二二日執行されたものであることが認められるから、その執行当時においては目的建物の建築工事は完成しており、右命令中抗告人等に対し建築工事中止を命じた部分は無用に帰した次第であるが、目的建物に対する抗告人等の占有を解き執行吏にその保管を命ずる部分の執行により、抗告人等は事実上目的建物明渡の終局執行を受けたと同様の不利益を受けることになることは明らかである。このような仮処分は、たとえ債権者たる相手方に対し目的建物の使用ないし収去を許していないとしても、係争物に関する仮処分としては権利保全の範囲を逸脱しているばかりでなく、債務者たる抗告人等に対する関係では本案判決の執行と同一の結果を来し、抗告人等において致命的損害を蒙るべきことは、疎明によりこれを認めることができるから、民事訴訟法第五一二条の準用により相当の限度において右仮処分執行の取消をする必要があるといわなければならない。そして原裁判所は仮処分債務者たる抗告人等からの仮処分異議による執行取消申請を一旦認容したのである。

しかして、原裁判所が抗告人等からの仮処分異議による執行取消申請を認容してなした決定に対する相手方からの抗告の要旨は、

(一)  原裁判所が抗告人等からの仮処分異議による執行取消申立事件(同庁昭和三四年(サ)第一九六号事件)においてなした決定は、民事訴訟法第五一二条所定の「執行の一時停止」又は「執行処分の取消」でなく、第一次の仮処分決定自体の取消ないし変更を目的とする第二次の仮処分であることは右決定主文の記載により明らかである。もとより民事訴訟法第五一二条の準用により仮処分異議による執行取消が認容せられる場合のあることは判例学説の肯認するところであるが、これは異議の裁判あるまでの一時的執行の停止、取消又は制限(一部の停止又は取消)をいい、執行の取消については民事訴訟法第五五一条、第五五〇条第二号により、裁判をもつて従前の執行行為の取消を命じなければならないのである。先行仮処分決定自体の取消又は変更は、異議の申立、特別事情、事情変更等による取消申立によるべきものであつて、第一次の仮処分の廃止又は変更を目的とする第二次の仮処分は、債務者の申立であろうと第三者の申立であろうと許容されるべきものではない。

(二)  仮処分異議に際し民事訴訟法第五一二条の準用により執行の停止又は取消が許される場合は、最高裁判所昭和二三年三月三日判決(同年(マ)第三号、最高裁判所民事判例集第二巻六五頁参照)の説くように、仮処分の内容が権利保全のためにする緊急処置たる範囲を逸脱して権利の終局的実現を命じているときに限るのであるが、本件仮処分はこのような例外の場合に該当するものとは到底考えられない。

というにあるところ、右(二)の主張の理由のないことは前段までの説示により、おのずから明らかであるが、(一)の主張については、原裁判所の仮処分異議による執行取消決定(同庁昭和三四年(サ)第一九六号事件)の主文が通常の仮処分命令に類似しているところから、右主張も理由があるかのように見えるので、進んでこの点について判断する。

本件仮処分命令第一項は一般の債務名義のように債務者に対する命令を掲げておらず、執行吏に対する命令を掲げているのみであつて、執行裁判所の執行命令と異なるところがないのであるから、仮処分命令であるとともにその執行行為を命ずる裁判としての性格をも有しているといわなければならない。しかして民事訴訟法第五一二条において「其為シタル強制処分ヲ取消ス可キ旨ヲ命ズル」とは、執行処分の一部取消として、すでになされた仮処分執行の一部を緩和する執行を新たに附加すべき旨を命ずることを含むと解すべきであるから、その限度で新たに執行行為を命ずる裁判をすることは、仮処分命令自体の取消又は変更ないしは第一次の仮処分の廃止、変更を目的とする第二次の仮処分の発令にあたらないというべきである。原裁判所の仮処分異議による執行取消決定(同庁昭和三四年(サ)第一九六号事件)主文第一項は、その前文と併せてこれを読むときは、「同庁昭和三四年(ト)第四〇号不動産仮処分命令の執行をした執行吏は、その保管にかかる別紙(第二)物件目録記載の建築家屋を同事件の債務者等に対し現状を変更しないことを条件として使用を許す旨の執行をせよ。」との趣旨であることが窺い得られるから、右決定条項はその用語にいささか妥当を欠く点があるとはいえ、民事訴訟法第五一二条に違背するところはなく、(一)の主張中この点に関する部分は理由がないこととなる。しかしながら右決定第二、第三項は原仮処分命令第二、第三項と重複し、執行処分の取消としての意義を有しない不適法なものであるから、(一)の主張はこの点に関する限り理由がある。

しかるに原裁判所は相手方からの抗告を全面的に容れ、再度の考案として「原決定取消、異議申立による執行取消申請却下」の決定をしたのであり、右決定中、同庁昭和三四年(サ)第一九六号事件の決定主文第二、第三項を除くその余の部分を取り消した部分および仮処分異議申立による執行取消申請を却下した部分は失当であるからこれを取り消し、その余の部分は相当であるからこれを維持することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

第一物件目録

第一の建物

船橋市小栗原町一丁目二二七番地の三

家屋番号同所一二六番の二

一、木造亜鉛葺平家建事務所兼店舗一棟

建坪 六坪(実測六坪七合五勺)

第二の建物

同 同所

家屋番号同所一二六番の三

一、木造亜鉛葺平家建店舗一棟

建坪 二坪五合

物件目録

船橋市小栗原町一丁目弐弐七番の三

一、木造トタン葺平家建店舗 壱棟

建坪 約三坪

にして別図有限会社ヴオーグ洋装店入口右端を(A)点とし、

(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)、(H)、(I)、(A)を結ぶ斜線の建築部分

内訳

同所同番地の参

家屋番号 同町一二六の二

一、木造亜鉛葺平家建事務所兼店舗 壱棟

建坪 六坪

現況 六坪七合五勺

の内別図(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(I)を結ぶ部分を取毀し、その敷地上の建築部約二坪弐合五勺、及び同所同番地

家屋番号 同所百二十六番ノ三

一、木造亜鉛葺平家建店舗 壱棟

建坪 弐坪五合

の内(F)、(G)、(H)、(I)を結ぶ部分を取毀し、その敷地上の建築部分 約七合五勺

図〈省略〉

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